About Kanesan

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私たちの歴史 Our history
私たちの歴史 Our history

明治26年に瀬戸にて加藤勝四郎が
陶磁器商「カネ三商店」創業

明治時代以降この地域のやきものは北海道から九州まで日本全国に流通しており、初代加藤勝四郎も陶磁器見本を持って全国をまわっていたそうです。現在ではカネ三商店は産地問屋の役割を担っています。産地問屋とは窯元からの商品収集活動を専門にしているような卸売商のことをいいます。瀬戸・美濃地方は中小零細な窯元が集中的に立地して産地を形成しており、産地問屋はそこで商品を収集し、窯元に代行して販売業務に携わっています。

窯元と協力しオリジナル商品を企画することも産地問屋の役割

それぞれの窯元が得意な技術、感性を持っており、同じデザインを依頼したとしても窯元毎で千差万別のやきものが出来上がります。そこが手仕事で作られるやきものの難しさでもあり、醍醐味でもあります。日々窯元を巡り、やきものについて教えてもらい、熟知する。そういった産地全体の協力により他にはない商品をつくることができると考えています。

瀬戸について

瀬戸について

1000年前から一度も途切れずやきものの生産を続けてきた世界的にも稀有な産地「瀬戸」

日本で陶器一般を指す「せともの」という言葉は、長い歴史のなかで、やきものづくりを牽引してきた瀬戸焼からきています。丘陵地帯には瀬戸層群と呼ばれる地層があり、やきものの原料となる良質の木節粘土・蛙目粘土や、ガラスの原料となる珪砂を採取することができました。山間地帯には、松などの樹林が広がっており、瀬戸の恵まれた自然が窯業発展の大きな支えとなってきたのです。瀬戸焼の起源は、現在の名古屋市・東山丘陵周辺で、須恵器の生産を行っていた猿投窯。12世紀終わりには古瀬戸の生産がはじまり、当時国内唯一の施釉陶器生産地として、四耳壺、瓶子、水注がつくられました。19世紀に入ると磁器の生産もはじまり、アメリカへの輸出や万国博覧会への出品など、海外との交流が盛んに。また、それによって染付けの顔料となる酸化コバルトや石膏型による成形法など西洋の技術が取り入れられました。現在も時代の変化とともに移り変わっていく生活様式に対応して、食器やノベルティ、陶歯、自動車の部品など、多種多様な製品を生み出し続けています。

私たちのビジョン

私たちのビジョン

瀬戸に溢れかえる日本のやきものの魅力を改めて感じてもらいたい。

瀬戸は1,000年以上の歴史があるやきもの産地です。永い歴史の中で多種多様なやきものが生まれてきました。
私達はやきもののまち瀬戸で明治26年に創業し、主に瀬戸焼、美濃焼を取り扱って参りました。

瀬戸で流通するやきものには食器はもちろんのこと招き猫などの縁起物まであり、形・絵付・技法も多種多様です。
現代において、やきものは日常生活でありふれたものとなり、目新しさを感じることが少ないかもしれませんが、私達にはまだ皆様に伝えられるやきものの魅力、楽しみ方、良さがあると思っています。
瀬戸に溢れかえる日本のやきものの魅力を改めて感じてもらいたい。そんな思いを持って皆様にやきものを届けます。